2026年9月29日、スイス連邦食品安全獣医局(FSVO)は、アフリカ豚熱(ASF)の国内侵入および蔓延を防ぐための革新的なバイオセキュリティ新基準「ASFコンプライアンス(レベル1)」を正式に導入しました。欧州全域でASFの脅威が高まり続ける中、スイス政府が打ち出したこの政策は、これまでの「義務と罰則」を中心とした防疫対策とは一線を画す、画期的なアプローチを採用しています。

この制度の最大の特徴は、対象がプロの商業的養豚場だけでなく、数頭のみを飼育するホビー農家(愛玩飼育者)までをも包括的に含んでいる点です。ASFウイルスは、靴や衣服、車両、さらには人間の食べ残しといった様々な経路を介して容易に伝播します。スイスはヨーロッパの中心に位置し、人や物の往来が極めて盛んであるため、一部のプロ農家だけが高度な防疫を行っても、地域の小規模農家やホビー農家で感染が発生すれば、地域全体の養豚業が壊滅的な打撃を受けることになります。スイス政府は、国全体の養豚産業を守るためには、すべての飼育環境においてバイオセキュリティの最低ラインを底上げすることが不可欠であると判断したのです。

レベル1で求められる具体的な農場管理要件

今回導入された「ASFコンプライアンス」のレベル1では、ウイルスの侵入経路を物理的および管理的に遮断するための、非常に具体的かつ厳格な要件が規定されています。主な義務化項目は以下の通りです。

  • 徹底した衛生バリアの設置: 農場の「クリーンエリア(飼育区域)」と「ダーティエリア(外部区域)」を明確に区分し、その境界にシャワー設備や、衣服・靴の完全な履き替えを行うための衛生バリアを設置すること。
  • 野生動物(特にイノシシ)との接触防止: 飼育エリアへの野生イノシシや鳥獣の侵入を防ぐため、頑丈な二重フェンスの設置や、飼料・敷料(ワラなど)の保管場所への防護措置を徹底すること。
  • 来客および車両の厳格な記録: 農場に立ち入るすべての人物、車両の情報を日時とともに正確に記録し、最低でも数年間保管すること。
  • 死亡豚の迅速な記録と報告: 毎日の死亡頭数や異常豚の有無を記録し、異常がみられた場合は即座に獣医師および当局へ報告する体制を整えること。

これらの要件は、日本の「飼養衛生管理基準」とも共通する部分が多いですが、スイスではこれをチェックリスト化し、第三者機関や当局による監査を通じて厳格に評価・認証する仕組みが構築されています。

「アメとムチ」のインセンティブ設計

この制度が世界中の養豚関係者から注目を集めている最大の理由は、基準をクリアした農場に対する強力な「優遇措置(インセンティブ)」が設計されている点にあります。これはいわば、防疫を単なる「コストや義務(ムチ)」にするのではなく、経営を維持するための「強力な武器(アメ)」へと転換させる試みです。

具体的には、ある地域でASFが発生し、政府によって周辺地域に移動制限や出荷制限が課された場合でも、「ASFコンプライアンス」の認証を取得している農場は、その制限が大幅に緩和または免除されます。基準を満たしている農場は「ウイルス侵入リスクが極めて低い安全な農場」とみなされ、制限区域内であっても、通常通り屠畜場への出荷や生体豚の移動が許可されるのです。

項目 従来の規制(認証なし) ASFコンプライアンス(認証あり)
地域でASFが発生した場合 一律で移動制限・出荷制限の対象となる。 移動・出荷制限が大幅に緩和・免除される。
経営への影響 出荷遅延による豚舎の過密化、飼料コスト急増、最悪の場合は経営破綻。 計画的な出荷を維持でき、損失を最小限に抑えられる。
防疫への投資意識 「義務」としてしぶしぶ行う(コスト認識)。 「経営の保険」として自主的に投資する(資産認識)。

ASFが発生した際、農家を最も苦しめるのは、ウイルスそのものによる直接被害だけでなく、移動制限によって出荷がストップし、豚舎がパンクして飼料代だけがかさむという「二次的被害」です。スイスのこのインセンティブ設計は、農家に対して「日頃からバイオセキュリティに投資しておくことが、万が一の事態に自社の経営を守る唯一の手段になる」という強烈な動機付けを行っています。

日本の養豚業界が学ぶべき「自主的バイオセキュリティ」の促し方

現在、日本国内でも豚熱(CSF)の発生が続いており、アフリカ豚熱(ASF)の侵入リスクも極めて高い水準にあります。日本の農林水産省も「飼養衛生管理基準」の遵守を厳しく指導していますが、現場の農家からは「多忙な日常業務の中で、細かな記録や設備投資を行うのは負担が大きい」という声が根強くあります。義務化と行政処分だけでは、農家の「形だけの対策」を招きかねず、真の意味での防疫レベル向上には限界があります。

スイスの「ASFコンプライアンス」から日本が学ぶべき点は、まさにこの「農家のモチベーションを科学した農政のあり方」です。日本においても、以下のようなインセンティブ設計を検討する価値があるのではないでしょうか。

  • 優良農場への共済金・補助金優遇: 飼養衛生管理基準を高いレベルでクリアしている農場に対し、家畜共済の掛け金を割り引いたり、各種補助金の採択において加点措置を行う。
  • 移動制限の弾力的運用: 万が一、近隣でCSFやASFが発生した場合でも、毎日の臨床観察記録やPCR検査、厳格な衛生管理体制が証明されている農場については、一定の条件下で出荷制限を猶予する仕組みを平時から整備しておく。

養豚経営者として今できることは、行政の動きを待つだけでなく、自農場のバイオセキュリティを「コスト」ではなく「事業継続計画(BCP)」の一部として再定義することです。スイスの新制度は、これからの時代の養豚経営において、衛生管理こそが最大の競争力であり、最大の防衛策であることを明確に示しています。

📚 参照リソース & ファクトチェック情報

※本記事は pigtrend 編集部が一次情報・公的データに基づきAIリサーチ支援を活用して構成・編集・検証しています。個別の疾病診断や投薬、投資判断については管轄の獣医師や専門機関へご相談ください。

ピッグトレンド -pigtrend-をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む